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名古屋地方裁判所 昭和43年(行ウ)4号 判決 1968年3月28日

原告 尾崎俊男

被告 名古屋法務局供託官

訴訟代理人 松沢智外 二名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

理由

原告は、原告の昭和四十二年八月三十一日付供託金取戻請求に対し、被告が同年九月二日なした却下処分を取消す。訴訟費用は被告の負担とする。との判決を求め、請求の原因として、(一)原告は中央市場株式会社からその所有にかかる建物の一部を賃借していたところ右会社が昭和三十一年十月原告に対し右建物の明渡を求め、その賃料受領拒否の意思表示をしてきたので原告は右会社のため名古屋法務局に対し次の通り賃料相当額を供託した。

供託番号      供託年月日    金額      年月分家賃

自    至

昭和 年度金号 昭和             円 昭和年月分昭和年月分

一   三一 六三〇四 三一、一一、 八   八、〇〇〇 三一、一〇 三一、一一

二   三一 八〇三九 三二、 一、 九   八、〇〇〇 三一、一二 三二、 一

三   三二  三四九 三二、 四、 九  一二、〇〇〇 三二、 二 三二、 四

四   三二 三五八四 三二、 七、一七  一二、〇〇〇 三二、 五 三二、 七

五   三二 八一七五 三二、一一、一九  一六、〇〇〇 三二、 八 三二、一一

六   三八 一六九九 三八、 四、二二 二六〇、〇〇〇 三二、一二 三八、 四

七   三九 一五九二 三九、 四、二三  四八、〇〇〇 三八、 五 三九、 四

八   四〇 一〇〇〇 四〇、 四、 九  四八、〇〇〇 三九、 五 四〇、 四

九   四一 一九五四 四一、 四、二六  四八、〇〇〇 四〇、 五 四一、 四

一〇  四二 一八五一 四二、 四、二五  四八、〇〇〇 四一、 五 四二、 四

(二) 原告は昭和四十二年六月三十日右会社と、原告が同会社に右建物を明渡し、右会社は原告に対する賃料又は賃料相当損害金債権を放棄する旨の和解をなして紛争が解決したため、原告は供託により免責の効果を受ける必要が全く消滅したから昭和四十二年八月三十一日名古屋法務局に対し、前記供託の内1乃至4の供託金取戻請求をしたところ昭和四十二年九月二日名古屋法務局供託官戸庭俊恵は右取戻請求却下の決定をなした。(三)被告は右却下決定に何等の理由も附さなかつたので却下決定の理由は不明であるが、仮に右供託金取戻請求権を民法上の債権であり、債権の消滅時効に関する民法第百六十六条、第百六十七条を適用して右取戻請求当時すでに消滅時効が完成していたとの理由によるものであればそれは法令の解釈を誤つた不当のものである。と述べた。

被告は原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。との判決を求め、答弁として、請求の原因たる事実中(一)の点、同(二)のうち原告がその主張の如く供託金取戻請求をなし供託官戸庭俊恵が右請求を却下した点及び同(三)のうち却下決定に理由を附さなかつた点を各認め、同(三)のその余の点を争い、本件弁済供託について供託物の取戻請求権は供託者がその権利を行使しうるときから起算して十年を経過することにより消滅時効が完成する。(民法第百六十七条第一項、第四百九十四条)ここに権利を行使しうるときとは一般に供託の日と解せられている。それは供託が免責的効力を有すると否とに関係なく、供託物取戻請求権は供託のときより行使しうるもので、供託の効力が争われて、仮に訴訟が係属中であつても右の請求権は供託のときより十年の経過により消滅すると解せられる。すなわち民法第四百九十六条は供託によつて質権又は抵当権が消滅した場合を除いて債権者が供託を受諾し、または供託を有効と宣言する判決が確定するまでの間は供託者は理由の如何を問わず何時でも任意に供託物の取戻をなしうることを明記しているのであるから原告は本件供託の当初より供託金の取戻請求権を行使しうるものであり、供託原因となつた賃下料債務にかかわる紛争の存続は何等法律上の障害となるものではない。よつて右供託金取戻請求権の消滅時効は民法第百六十六条第一項により供託と同時に進行するものと解すべきである。(東京地裁昭和十一年三月二十日、同年六月二十二日各決定、東京控訴院昭和十一年十月二十八日、昭和十二年七月十五日各決定、供託物還付請求権についても全く同趣旨であることについて東京地裁昭和十一年五月十六日、同年十月三十日各決定、東京控訴院昭和十二年七月二十日決定)供託実務においても永年これに則り処理されてきている。仮に当事者間に紛争が存続する弁済供託にあつては取戻請求権の消滅時効はその紛争解決の時点から進行するものとすると紛争の存否により、供託関係としては甲乙区別のない同質の弁済供託物取戻請求権の消滅時効の起算点を別個に認めることになり、同質の権利を彼此差別して取扱うとい背理を敢てする結果となるのみならず同種同質の供託関係を多量かつ統一的に理解乃至処理すべき供託所に対し、供託関係の内容となつていない、従つてその確認の手段も法律上認められていない「紛争の存続およびその解決」という事実関係の存否によつて取戻請求権につき内容的に二種の型態を認めんとするのは供託関係に供託関係以外の事実関係の要素をいわば外部から不当に導入するものとの譏を免れない。よつて被告のなした右弁済供託金取戻請求に対する却下処分は適切有効なもので何等これを取消すべき理由はないので原告の本訴請求は失当である、と述べた。

案ずると請求の原因たる事実(一)、(二)の各点は或は当事者間に争なく、或は被告において明らかに争わないのでこれを自白したものと看做す。又右(三)のうち被告が右却下決定に理由を附さなかつたことは被告の自認するところであるが、その理由とするところは右(三)において原告の仮定的に述べるところにあることは被告の主張に徴して明らかである。

而して弁済供託金取戻請求権の消滅時効に関する、被告の所説は正当である。尤も供託の法律関係は少くとも国に対する関係においては公法関係であり、消滅時効期間は会計法第三十条により五年であるとの説もある。よつて右認定の事実によると本件弁済供託金取戻請求権はすでに早くも五年遅くも十年の消滅時効期間の経過により消滅時効の完成していることが明らかである。右の時効中断の措置をとることを通常人に期待するのが無理であること等を理由に消滅時効の起算点を別異に解すべしとする所説(東京高裁昭和三九年(行コ)三二号判例時報四二七号二三頁参照)を存すれども五年乃至十年以上も継続すべき民事紛争を本人訴訟の形態で争うことこそ無理で、かかる場合は弁護士を訴訟代理人とするのが普通であるから右の所説は杞憂たるに過ぎないし、又同説によると弁済供託金の取戻請求権の行使も甚だしく制限せられることになる。すでに時効中断の手段を存する以上消滅時効の起算点を供託の日とするも同説の云うが如く供託の制度を没却する結果とはならない。果して然らば右弁済供託金取戻請求の却下決定は相当でこれを取消すべき瑕疵も認めがたいので原告の請求を失当として棄却し、民事訴訟法第八十九条により主文のように判決する。

(裁判官 小沢三朗)

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